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2005/05/31

ミミズの死骸が100匹!?

2005年5月31日(火)

昨夜から大雨が降り続く朝、天気予報を見ると午前中まで雨が残ると言う。

ホントは三日前から、奥多摩の山をランするつもりで、昨日の夜は10時に床についた。
庭木の新緑が伸びた葉を雨が打つ、雨音が子守唄替りにウイスキーの回った体に眠りを誘う。

5時半に目が覚めたが、雨音は止まないので再び布団の中で爆睡!
2時間後の7時半に起床するも、小雨がいまだ降り続いている。

結局、午後 2時頃から晴れ間が出現し、近場の彩湖で走ることにした。

早春で走って以来なので、景色に緑が増えていた。
湖畔にはシロツメグサやアカツメグサが咲き。湿地の葦も2メートルの長さに達していた。
その葦ヤブから、いろんな鳥の鳴き声が飛びかう。
気温もグングン上昇してきた。管理橋から魚釣りをしている・・・・なにが釣れるのだろう。
平日なので、ひと気もまばらだ、しかも日陰がない公園なので余計だ。
頭が熱い、汗が頭から噴出してきた、湖上ではウインドサーフィンが涼しげに走っている。
2周目の後で、クルマにあった帽子をかぶり再び走り出す。
日差しは益々きつくなってくる。北側の昇り道を進んでいくと、
熱くなっているアスファルトに小さなものが動いている。・・・・カメさんだ!小さなカメさんだ!!
たぶん北側の湿地から湖へ渡るつもりだ。のろのろと動いている・・・手を貸そうと思ったがやめた。

帽子をかぶって走るので、目線が下に移る・・・頭の熱さは解消した。
ミミズの死骸が目立つ、大きく太いヤツから長くて細いヤツまであちこちだ。
干からびている。何も昼間移動しなくてもいいのに、カメもそうだ!
ミミズを数えてみるい1、2、3、4、5、・・・・50mに10匹の死骸があった全部で100匹はいるだろう。

人間には開発して歩きやすく、走りやすくなった湖畔だが、
ミミズやカメたちには災難になったと思った。

およそ4周で20キロ走ったが、今月は100キロも走ってないので、
つらい20キロになった。


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2005/05/29

孤独のヒコーキ野郎!!

2005年5月28日(土)

 今日は何処かで走ろうと思い、ランニングパンツとティーシャツをクルマに積み込んで川越の父親の見舞いに出かける。

帰りに荒川沿いの浦和・与野市運動場 で走ることに決め、運動場に向かう・・・午後3時30分だ。

着替えをして、場内をストレッチがわりにウォーキングしながら一周する。土曜日なのでテニスコート、サッカー・野球場が殆んど埋まっている。
シロツメグサが咲いてる草むらでストレッチし、東にサッカー場、西に野球場に挟まれている400mのトラックを走る。側には時計のポールが立っている・・・1時間程走ろう!
トラックの横にハットを被った初老の男性が何かをゴムの様なもので空に放っている。
それは上に放たれると重力で直ぐに地面に叩き付けられる。
一周するたびに同じことが繰り返され、それが30センチ程の木製のヒコーキだったことがわかった。

孤独のヒコーキ野郎は、それでも諦めずに繰り返す、すでに40分ほど経過している。
 汗が噴出してきた、いつもは軍手を着けるが忘れた・・・目に入って染みる。
さすがに気になってきた、あのヒコーキが。
トラックの直線を走ると正面にヒコーキ野郎が空に向けてとばすところだ。
無意識に応援する・・・・・・・・・・飛ばした! ヒコーキはグングン空に向かって進む、
あるところ迄くると力が落ちてカーブを描いて高度20m辺りで水平飛行になり、
気流を捉えて200mほど進み大きく旋回しながら気持ち良さそうに飛行しながらゆっくりと草むらに舞い降りた。

走りながらヒコーキ野郎に声を掛ける「飛びましたねースゴイ!」、
ヒコーキ野郎は頭をかきながら「いゃー」と言いながら満面の笑顔だ!
ほぼ 1時間 10キロで今日のランニングを終了。

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2005/05/22

箱根駅伝 花の2区を!!

2005年5月21日(土)0521_1519tyaku


『○○大学箱根駅伝優勝を応援する会・・・箱根駅伝全コースを歩こう!!』

今日は飛び入りでこの企画に参加した。
主催者は ○○大学のOBで、特に『箱根駅伝』に対する思い入れが強く、
全くの個人レベルで親戚・知人に参加を呼びかけ、4月からスタートした。
基本的には、ひと月に1区分を歩くので、最後は5区の9月だ(8月はお休み)
今日が2区の鶴見市場中継所から戸塚の古谷商事前の中継所までの23キロ
を歩く。

僕の知人が○○大学陸上部時代に箱根復路を走ったOBで、
主催者に了解をとり、往路 花の2区を 歩く事にした。
10時にJR鶴見駅に集合、今日の参加者は男子8名となった。
以前、単独で長距離を歩いた経験があり、たしか20キロ過ぎはかなりの疲労を覚えて、
電車に乗った事を思い出した。・・・・覚悟して歩こう!!

2区の中継所の鶴見市場交番を10時過ぎにスタートする。気温はまだ20度ぐらいか?

1号線を横浜方面に向かって歩く、土曜日なので車の数はやや少ない
3.6キロの生麦駅前の大黒町交差点を通過する。
6キロ・・・・神奈川区新町歩道橋
12時過ぎにスーパー店頭のバナナを購入し一人2本を支給、立ち食いし又歩く。
気温がどんどん上昇する。ウェザーニュースで25℃を報じている。
12キロ・・・保土ヶ谷橋
権田坂に差し掛かるけっこうな傾斜だ。
14.5キロ・・権田坂上信号
18キロ・・・赤関橋交差点
不動坂交差点~戸塚駅踏み切りを越え横浜新道そして中継所の古谷商事前23キロタスキ渡し。
15時19分着約5時間のウオーキングとなった。

記念写真を撮って、戸塚駅に戻る。
16時45分駅前の「養老の滝」で、ビールで喉を潤す。カンパーイ!!お疲れ様でした。
カンパイ、と雑談でなんと4時間も飲みっぱなし。8時過ぎにおひらきとなった。


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2005/05/15

伊豆ヶ岳~子の権現 山岳ラン!!

2005年5月14日(土)

前日、思い立って山岳ランニグをすることを決めた。 (高低差550m)

家の者が山に行くと聞いたからだ何処の山かを聞くと、飯能の伊豆ヶ岳だと言う。
「埼玉県の山」で調べると、西武線の正丸駅からスタート出来て縦走しながら,
二つ手前の吾野駅そばに下山する約15キロのコースだ。
案内では5時間となっているので、ランニングには丁度良い。
9時10分に正丸駅前にクルマで到着した。
 
 ウェストポーチに、ポカリとオニギリとウィーダ、ウインドブレーカを入れ、ジャージの上下、軍手をはめて
 9時20分さあ出発だ。
目標は3時間、無理をしないで行こう。

 駅横の階段を下り線路下のガードをくぐり、やや昇り勾配の舗装道路を西へ向かう、ストレッチがてらに早足で歩く。
 前方の2人の女性ハイカーを追い抜き、「安産地蔵尊」の祠前を過ぎて500mほど進むと舗装道を西北に正丸峠、
 西南の伊豆ヶ岳方面への分岐点に着く。結構なハイカー達が1回目の休憩をとっている。

 西南の方向の暗い登山道へ進み、ここから走り出す。道幅が狭いのでゆっくりとジョギングする。
 それでも、早歩きの状態が続く、5~6組をパスして進む。なんだか申し訳ない感じだ。
 大半がハイカースタイルで、ゆっくり歩行しているところへ、ジャージにジョギングスタイルの僕が、
 息を切らして「ゼーゼー」言いながら後ろにいれば「お先にどうぞ!」と言わざるを得ないだろう。
 
 少し進むと9人ほどのハイカーが前を行く、家のものの後ろ姿が見える・・・声は掛けない約束だ。
 そういっているうちにクサリの岩場の男坂と迂回する女坂の分岐点に到着する。
 落石防止の為通行止になっており女坂を行く事にする。又、走る。
 出発して50分、伊豆ヶ岳頂上831mに到着する。 
 
 ポカリスエットで、喉をうるおし3分ほど休憩をとる。
 ここからは下りになる。だいたいのハイカーをパスしたので、ちょっと急ぐことにしよう。
 下りの急坂が多いので、木や根を手繰りながら慎重に降りる。10分ほどで古御岳(830m)へ
 更に15分下って高畑山(695m)と高度を下げる、ここから1.6キロの急坂を降り天目指峠に到着する。
 スタートして1時間45分経過の 午前11時05分 だ、

 ここでひとやま区切れて子の権現(649m)への昇りが待っている。
 出足はキツイ急登で、さすがに太ももの筋肉がこたえる、明日は筋肉痛だろう。
 子の権現は≪足腰の病に霊験あらたか≫というので、お守りでも買っていこう。0515owaraji
  
 この参道を過ぎて再び山林の登山道を下り、国道299号へと出る舗装道路からの3キロをキロ4分のスピードで走る。
 12時10分国道299号に出る。出発して2時間50分だ、ほぼ3時間の12時20分に吾野駅に到着した。
 
 4分後の12時24分の電車に乗り、二つ先の正丸駅301m へ戻る。
 欲求不満が解消された、一日であった。
 
 あぁ満足   ふとももの 筋肉痛も 痛気持ちい。
 

 

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2005/05/10

初めての多摩湖周走15キロ!!

2005年5月10日(火)

暑くなってきたので、涼しいそうな奥多摩でも走ろうと決めていたのだが、
可愛い友達が朝早く来たので、出かける時間が大幅に遅れた。
帰りには父親が入院している川越へ回らなくてはならないので、
多摩湖を一周する事にした。

以前、クルマでさいたま市から昭島市へ通勤で毎日通った道なので、道路事情は詳しい。
ウラトコ(浦和所沢線)で小手指を左折し西武球場方面へ手前を狭山湖へショートカットして、
山口観音裏の道に出て、武蔵村山市へ下ると『かたくりの湯』 の駐車場へクルマを停めて。

ランニングスタートする。今、下ってきた道を逆走していく、左方面は狭山湖になるが見えない。
右側は多摩湖側の山林だ。

日差しが暑いので、長袖のTシャツを着込んだが、大きな木が日除けしてくれる。
午前中なので、まだ気温もそれ程上がってなく、また新緑のにおいが爽やかで涼しい。
炉辺にタヌキの墓があった。気の毒に・・・。
しばらくすると、玉子神社を右手に少し進むと、山口観音の赤い塔が出現する。
右手に珍しい紫色のラッパ状の桐の花が咲いている。   
下り降りてしばらく進むと多摩湖横断道路の交差点に出る。
道路から湖畔に降りて、西に進み、左手の多摩湖を巻くように左の道路を走る。   
ここは自転車や歩行道路になっており、とても走りやすい。数人のランナーと出会う。
多摩湖の南側は大木の樹林帯を貫いているので、直射日光は射さないので、真夏でも
いいぞ!

野良猫がいた、カメラを向けると「ニャー」といって寄ってくる。   

多摩湖畔にある狭山公園に入るが、工事中なので湖は見られない。
公園内の池の横を通り  0510sayamakouen_ike
、多摩湖東北に回りこむと、西武園の観覧車が見えた。  

ここから多摩湖北側とゴルフ場側西部山口線沿いの自転車道路を西へ進む。
ハリエンジュの花がフジのように垂れ下がっている。  
先方に西武球場が見えてくる。更に進むと交差点に戻る。 
高架道路からみた西側の多摩湖全景だ。  0510tamakozenkei


来た道を、下り降りて、『かたくりの湯』に入る。入湯料は700円

下駄箱で100円を入れて(帰りに返却)、鍵と入湯券をカウンターの女性に渡し、
ロッカーキーをもらう。

湯船は 内に5つぐらいと、露店風呂があり、今日は平日の昼過ぎなので空いている。
内風呂のヨモギの薬湯につかり、5分後 露天風呂へ移動する。
やはり露天風呂はいい!!1時間45分15キロの疲れをたっぷりと癒し、
湯上りに、遅いランチを摂る。山菜ソバ480円 
僕にはちょっと濃い味・・・まぁいいか!


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2005/05/05

大宮公園にスズメバチが!!

2005年5月5日こどもの日

さっき、法事で北陸の大聖寺から戻った。

午後の4時前だ、今日の太陽は暑いが日陰に入ると涼しい風が爽やかだ。
走りたくなった、このところ走る機会に恵まれず、少々欲求不満だ。

太陽が眩しいので、大木のある氷川神社の参道から大宮公園内を走ることに決めた。
こどもの日なので参道も人が多い、人々の間隙を縫って走る。

大宮公園の中も犬の散歩をしている人や、さっき終わったらしい競輪の客が吐き出されて来る。
ひょうたん池を一周する1.1キロのコースを走る。赤松に張り紙が・・・走っているので内容はわからない。
3周目に立ち止まり張り紙を見ると、スズメバチが現れると書いてある0505hachi

なんでも樹液を吸いに来るらしい。夕方なので大丈夫だろうと思っていると、
赤松に止まっているスズメバチを発見した。走っているので刺激を与えないようにすり抜ける。
4周目を断念し参道に戻ると、シャガ が咲いていた。

参道を戻り、約8.5キロのジョギングを終えて、家に戻る。

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新幹線・特急の旅

2005年5月4日~5日

北陸の加賀市大聖寺で法事があり、今回は2日間しかないのでクルマで行くのを止めて新幹線にした。
新幹線で湯沢まで行き、特急で金沢へ、更に別の特急で加賀温泉までの行程になる。

新幹線ときMaxの二階座席の指定をとり、朝の7時半頃に大宮を出発した。
二階座席は初めてだ、目線が高いので低空飛行みたいで気持ちがいい。
熊谷を過ぎて暫くすると左手に観音様がみえ高崎に到着、
ここまでの景色は変わらないがさっきまで遠かった山々が近くまで寄ってくる頃になると、
Maxはトンネルの中をひたすら走る、大宮からおよそ50分で越後湯沢に着く早い。

ここから特急はくたかに乗換えて、金沢へと向かう。思ったより空いている。
車窓からは越後の山々が見え、雪を被っている高山や新緑が眩しい山など初夏の風景が広がっている。
ただ下の方には残雪もあり、道路わきのそれは埃で真っ黒になっている。
このコースも山を刳り貫いているのでトンネルが多い。
少々時間が係っても、トンネルを減らしてほしかった。
あるところではトンネル出入りの明暗の繰り返しが続く。

日本海が見えてきた!0504umi
真っ青な海だ。冬の海は鉛色して荒れ狂う。
30年前に金沢に住んでいたのでよく知っている。
親不知を過ぎると、右手に真っ青な日本海が、左手に白い雪を頂いた北アルプスが出現!

越中富山に到着、あと30分で金沢に着く、何故かクルマの時もそうだが富山に着くと「もうすぐだ!」と思うのだ。
第2のふるさとが金沢だから・・・ほぼ十年在住した。
昭和45年大学卒業後の4月に金沢に赴任したのだ。
そして1年後の46年に北陸生れの妻と24で結婚し、翌年の47年4月に長女が生れた。
50年に次女が生まれ、52年に三女が生まれ三姉妹の父親になった。三人とも金沢生まれだ。

埼玉県生れの僕にとって、当時の雪国は憧れであり、山や海のある土地はなおさら格別だった。
着任の希望勤務地というのがあって、地元の事業所もあったが敢えて遠くを選んだ。
北海道、京都、北陸とすべて観光地だ、学生時分から旅が好きで友人と東北や北陸など旅した。
その頃から、旅人ではなくで当地に住んで見たい願望があったのだ。

金沢時代にはそれまで味わったことの無い生活があった。
冬は必ず雪が降り根雪になる。当時借りていた1戸建ての庭に降り積もった雪を集めて、
子供達と雪遊びをし、白山山麓の妻の実家に帰るととっぷりと降り積もった田舎の家で、
街の喧騒の無いゆっくりとした時間の流れを味わう。
翌日は近くのスキー場で滑って遊ぶ。

夏は30分ほど車を飛ばして海へ、遠浅ではないのでゴーグルとシュノーケルで海遊びをし、
時には山へ向かい冷たい川遊びをする。
アブに刺されもし、子供達は虫嫌いになったが、すぐに自然が味わえた。
こんな生活を十年過ごした金沢だから富山までくるともうすぐ家だと安心する。

「かなざわー!」と駅のアナウンスが響く
、特急しらさぎに乗り換えて加賀温泉駅まで行く、
そこが終着駅だ!12時前だ。早い。

昼過ぎから始まった三回忌の法事を終えて、
現地在住の一族郎党とともに温泉泊まりで義父の弔いをして翌日第二のふるさと金沢を後にした。


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2005/05/01

ホントは車好き!!

2005年4月30日(土)

暑い一日だったらしい。

久しぶりに、車でさいたま市から木場まで出かけたが、
エアコンを点けてるから、外気温度は解らない。

車の運転は好きな方だ・・・一日500キロぐらいは平気だ。
大昔、金沢から北海道へ車で5日間の行程で友人とドライブしたが、
友人は免許を持っていないので、2500キロを一人で運転し続けた。
一日500キロだ、新潟で一泊、函館山で一泊、旭川から最北の稚内、
右折して知床、そして根室岬西へ向かって襟裳岬など毎日だ。

昔10年間住んでいた金沢から実家のさいたま市へは約500キロ強だ。
車酔いする奥さんは車での帰省(奥さんは金沢の隣の小松市出身)はしない。
新幹線をいつも利用する。

こっちへ(さいたま)帰ってきて、帰省するとき奥さんと真ん中の娘が電車で帰り、
長女と三女があのちっちゃな≪ミニクーパー≫で僕と帰る。
無論、オ-トマでは無い、4速の1000ccだったが、走りはさすがだった。
夏休みに帰るので暑いさなかだが当然エアコンはついてないし、
当時はエアコンは邪道と思っていた頃だ。
二人の娘達は、小学生だったので暑さなんて気にはしないので、
父子三人の500キロの旅は楽しかった。
ミニクーパーの車内は見かけよりは広いが、長距離向きじゃないので
娘達は見通しのいい前の助手席と横になって眠れる後ろの座席を交替で座った。

まぁ、それ程ドライブは好きだった・・・が今は通勤で使うぐらいで、ジョグ&ウオークが楽しい。

今日は、何故かドライブがしたかった、休日だがGWではどこも混んでるだろう、
空いているのは東京だけだったから、友人のいる木場へ足が向かった。

無事、木場に着き公園横に車を停め、友人のやっているラーメン屋に入る。
ツケメンとゴハンを注文し、厨房に顔を出すとヤツがいた。

近況を伝えて、1時間後に自宅へ向かう。

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