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2015/03/16

北陸新幹線

2015年3月14日(土)

99isikawamonharu

【 金沢 】がマスコミで連日報道されている。
出身ではないが、10年ほど市内に住んでいた。
【 金沢 】と自身の関わりは深く、死ぬまで金沢時代を忘れることはないだろう。


大学を出て22歳の春に【 雷鳥 】で憧れの町 金沢に着いた。
憧れは 雪国 だったので 秋田でも 小樽でもよかった。それも裏日本がいいと思った。
70年の学生運動を体感して、何かが変わったように本を読んだ。大江健三郎や安部公房だ。

その年の12月に雪が降り30センチ積もり真っ白い【雪国】 になり、うれしかった。
長靴が無いので、革靴のまま歩いて40分かかって香林坊まで歩いた。
夜は、香林坊横の カウンタージャズバー【蜂の巣】を知った。 ジャンヌモロー似の無表情のママだけの店で、灯りはサントリーオールドの頭に載せたローソクだけでそのオールドの瓶は垂れたろうそくで覆われていた。
その後 コルトレーンを聴きながら、飲めない酒を飲むようになり、毎日通うようになり、給料日に支払いをするようになり、大晦日には年を越して【蜂の巣】にいる付き合いになり、酒も強くなった。

23歳で 妹みたいな女と付き合うようになり蜂の巣は遠のき、遊び歩いた。そのうち疲れた。付き合うのに疲れた。
そして24歳でひとつ上の女に惚れて結婚し、長土塀を通って香林坊まで歩いた。25で長女が生まれ、3年後次女が生まれ、2年後三女が生まれた。みんな金沢生まれだ。
金沢に住み着いてもいいと思った。海も近いし、山も近いし人も多くなく文化もある街だから・・・・。
Photo

長女が小学生の時に転勤で東京に、さいたまの実家に戻り現在に至っている。
その長女はアラフォー、次女も三女も近くに住む主婦だ。
 金沢時代の記憶はあまり無いという。
 北陸生まれの妻に聞くと【雪国】にはもう住みたくないという。

 憧れているのはオイラだけのようだ。 ほとぼりが冷めたら行ってみよう。

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