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2015/06/09

庚申塔

2015年 6月6日(金) 定休日


裏通りの住宅街の一角に庚申塔があったが、いったい何のためかが気になり調べてみた。
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庚申塔とは 中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔のことで庚申講を3年18回続けた記念に建立されることが多いそうだ。
庚申講(庚申待ち)とは60日に一度めぐってくる庚申(こうしん)の日に眠ると、人間の体内にいると考えられていた害虫の三尸が人間の体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げ、大きい過ちには300日、小さい過ちでも3日、命を縮めると言い伝えられ、そこから、庚申の夜は眠らずに過ごすという風習が行われたようだ。
つまり 徹夜して起きていれば、三尸が報告に行くことが出来ない、と言う発想です。また、この日は洗濯、裁縫、夜業、髪結い、山や漁に出ること、夫婦の営み、なども禁止だったが、なぜ庚申なのか
庚申(かのえさる、こうしん)とは、干支(かんし、えと)、すなわち十干・十二支の60通りある組み合わせのうちの一つである。 陰陽五行説では、十干の庚は陽の金、十二支の申は陽の金で、比和(同気が重なる)とされている。庚申の年・日は金気が天地に充満して、人の心が冷酷になりやすいとされた。
この庚申の日に禁忌(きんき)行事を中心とする信仰があり、歴史では835年に行事を行ってた記録があり、庚申待が一般に広まったのがいつ頃かは不明だが、15世紀の後半になると、守庚申の際の勤行や功徳を説いた『庚申縁起』が僧侶の手で作られ、庚申信仰は仏教と結びついた。
このように、本来の庚申信仰は、神仏習合の流れの中で、神なり仏なりを供養することで禍から逃れ、現世利益を得ようとするようになり、仏教式の庚申信仰が一般に流布した江戸時代は、庚申信仰史上最も多彩かつ盛んな時期となったらしく、各地で行われていたようだ。その名残の庚申塔はさいたまには多く街かどに残っている。 家の近くには猿田彦を祀った庚申神社がある。
神仏にはあまり熱心ではないが、遺物が気になるようになった。今日この頃だ。

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