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2016/03/26

桜を探して・・・

2016年3月25日(金) 定休日


休みの度に荒天続きだったので、今朝はいい天気で嬉しい。
さっそく田舎方面に向かいながら、テーマを桜に決めて開花状況を巡ることにして先ずは与野公園だ。
バラ公園の異名がある公園だがまだダメだ、数輪咲いてるだけだ、Imageやっぱりまだまだらしい、桜と言えば学校なのでバイパスから埼玉大学に向かうが正面は北側なのでダメ南側に回ると菜の花が満開で良い感じ。
それではと桜区役所の桜通りを行くがここもまだまだ、Image_2そして秋ヶ瀬公園を通り桜草で有名な《 田島原 》の原っぱに行くと少しばかりの桜の下で花見をしている。Image_5
田島原の主役の桜草はまだまだだが、Image_6緑の中にピンクが数輪咲いていた。Image_7
川を渡って彩湖に着くと天気に誘われたか人が多い、ランナー、サイクリスト、更には湖でウインドサーフィンなどなど。Image_8
腹も減ったので、桜はあきらめて戸田橋から西浦和でハーフの21.7キロでやめにして遅めのランチだ。Image_9


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2016/03/24

卒業式

2016年3月23日(水)


《 暑さ寒さも彼岸まで 》と文字通りにやっと落ちついた陽気になり、路傍にはポピーが風に揺れている。
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今日の8キロの通勤コースは住宅街を通ることにして、庭を眺めながらだいたいの方向に向かって行くと 合唱が聞こえてくる。家が途切れて小学校の校庭に出た。合唱の元は卒業式だった。てっきり体育館でやるものと思っていたので、意外だった。
そういえば、小学校に勤める家人も今朝はフォーマルな格好で卒業式だと言って出かけて行った。やっぱり校庭でやるのかなぁ。

ところで、欧米では6月が卒業式で新学期が9月始まりらしいが日本は4月からとなっている。
調べてみると明治の始めは9月だったらしい 、会計年度が4月始まりに合わせて今に至ってるらしいようだ。


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2016/03/19

なんまいだー‼︎

2016年3月17日(木) 忌引休暇

加賀の国で30年パン屋を営んでいた義弟が亡くなり大聖寺に出向いた。
北陸新幹線が開通して待ち時間を除くと2時間半で着いた。改めて新幹線の偉力に感動だ。

この町で3度目の通夜と告別式に出たが、我が家の法事で聴くお教と違うようだ。
宗派が違うのだろうと思っていたら、途中から坊さんのお教に合わせて参列者からもお教を唱える声がちらほら聴こえてきた。
そのうちお教の声が増えて大きな合唱となった。親族席から参列席を見渡すとお教の冊子を持っている人もおり、そういえば前回のアヤコさんが90で亡くなったときも、やはり年配の参列者たちがお教を唱えていたことを思い出した。
身内でない地元の人に聞くと、この辺の宗教は親鸞の浄土真宗だと言う。
調べてみたら北陸は殆ど浄土宗系だそうだ。
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南無阿弥陀(なんまいだー)と念仏を唱えれば誰でも極楽にいけると説いた親鸞
この辺の住民達は以前日常的にお経を読むことがあったらしく、年配者なら誰でも読めるらしい。

他の宗派との違いを調べてみたら
① 位牌は戒名でなく【法名】になっており、戒名の位号の信士(信女)・居士(大姉)は無く、釈◯◯となっている。Image_4

② 「浄土真宗系」では「誰でも浄土に行ける」、死は穢らわしいと教えていないので
葬儀のあと 塩で「清める」という行為に対して否定的なので、塩は置いてない。
③ 僧侶に肉食妻帯が許される、無戒であるという点にある(明治まで、表立って 妻帯の許される仏教宗派は真宗のみ。
④ 浄土真宗の場合は、他界後すぐに「仏様」になるので、表書きは「御仏前」で。
⑤焼香の作法は抹香をつまんで香炉に入れるとき、額の位置で"香をいただく"という動作をしない。また、線香は折って横にねかせてそなえる。
・・・・・・等々結構な違いがあった。
事前にその事情を知らなかったので大間違いしたようだ。

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2016/03/12

今年も続く雨の呪いが!

2016年3月11日(金) 定休日

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三日前の【日本橋ピストン60キロ撃沈】のリベンジにと、昨夜は早寝してスタンバイしたが、朝から雨がまだ降っている。予想は寒い曇り、日本橋まで往復9時間で60キロ走破の計画だったが、いつまで経っても止まない雨になり結局断念。
去年の一年も休みの日は雨が多く、《山走り》の予定で連休を取ると必ず1日は雨の日になった。
もともと足習いのメインは山登りだがその為に足腰を鍛える為にランニングを始めたのだがこの数年はメインの山登りができていない。

大きな理由は数年前に婆に 「子守に忙しくなるので山登りのは止めて、その辺を走って」と言われて自粛したが、その後も山に行かせたくない婆が 呪いを雨に託しているようで、休みの雨は今年も続いている。

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2016/03/10

お江戸日本橋までピストンも42キロで撃沈

2016年3月8日(火) 定休日


異常高温になった雨上がりの朝、中仙道をお江戸日本橋までの八里弱(30k)を強めのウオークで向かう事にした。
ウルトラマラソンの練習がてらにマラソンの距離(42.195キロ)以上を体感する目的で、往復する予定だ。片道では何度も経験済みだが往復はまだ経験が無い。
先日の青梅マラソンが30kで3時間だったので、単純計算では6時間だが、とても同じペースではとても無理なので、8時間を目標にして往路スタートした。
17号国道のサインが日本橋起点表示になっている。Image_2
市役所前のモクレンが一気に満開になり寂しかった景色に色と香りを放っている。Image_8
陽も射して直ぐに汗ばんできたのでジャージを脱いで青梅のTシャツになる。行き交う視線が目立つのかTシャツに注がれる。人々はまだライトダウンコート姿が多い。。
リズムが上がり歩行者を追い抜いていく。蕨宿入り口で10キロ1:30だ。走ろうと思ったが止めた、着替えは無いのでウオークを続ける。
戸田橋を越えてお江戸に入り清水町から旧中山道を通り、文字通りの【板橋】を渡り仲宿を越えて17号国道に出る。日本橋まであと10キロだ。Image_14 Image_16 Image_20
旧中仙道を分断する17号国道を渡り再び巣鴨へ旧中山道を進む。
この中仙道も途中で大通りが横切り、更に都電が横切る。そして
一番賑わう巣鴨地蔵通に繋がる。Image_26

ふたたび、17号に出て巣鴨駅前から白山通りだ。なんで白山の名称がわからない、。
東洋大学前を過ぎ本郷通りに合流すると東京大学だ。正門、赤門には観光客がたむろしている。
Image_28
東に道は折れて下り神田明神前を下りて秋葉街だ。Image_2
右に折れて神田駅に向かい高架下をくぐり日本橋に到着だ、約五時間も掛かった。Image_30
文字通りのピストンだが 夜になってしまうので、適当な所から電車に乗ろう。
帰路は神保町に回って南海カツカレーを食べるつもりだったがあいにく休みでガッカリ、ならばといもやの天丼へ向かうがこちらも休日で、結局3時過ぎに巣鴨の日高屋でタンメンと餃子と生ビールを食べて、
マラソン距離の42キロで板橋駅で終了した。次回はランで往復することにきめた。

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2016/03/04

東京マラソンも終わって

2016年3月3日(木)


青梅、東京とマラソン月間の2月が終わり 季節も春に代わった。
2月の足習いは久々に300キロ越えで体調も甚だ良く、約9キロ先の仕事場への通勤ウオークは今後も継続することに決めた。
Image_2

家族構成が男女比でイーブンの我が家ならではの【 雛まつり】のメニューが食卓に並んだ。
肝心の雛さまは小5の部屋に飾られ、食事だけの雛まつりになった。ところで5月の男子の節句は祝日なのに3月の雛まつりは祝日ではないのが不思議だったので調べてみた。

-----ひなまつりが祝日で無くなった理由

江戸時代雛祭りは「五節句」のひとつとして「祝日として存在した」とされる。しかし、明治6年の新暦採用が「五節句(=雛祭り)」の祝日廃止となって、さらに「国民の祝日」より「皇室の祝日」色が濃くなった。このため、戦後になって新たに祝日を作ろうとする動きが見られるようになる。祝日制定にあたり3月3日の案や、新年度の4月1日の案も出ていたが、最終的には5月5日の端午の節句を祝日(こどもの日)とする案が採用された。北海道・東北をはじめ寒冷で気候の悪い地域の多い時期を避け、全国的に温暖な時期の5月にしたというのが大きな理由のひとつとされる。

江戸時代初期には形代の名残を残す立った形の「立雛」や、座った形の「坐り雛」(寛永雛)が作られていたが、これらは男女一対の内裏雛を飾るだけの物であった。 しかし、飾り物としての古の形式と、一生の災厄をこの人形に身代りさせるという祭礼的意味合いが強くなった。------wikipedia

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