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2019/01/04

睦月***与野七福神

2019時1月3日(木)


箱根駅伝も往路優勝の東洋大学が復路でスタートしたあと、暇つぶしに 地元【与野七福神】巡りの初詣に家人を誘って出かける。【与野七福神】は今のさいたま市中央区の旧与野市の時に企画された七福神イベントで、大宮氷川神社の集客力に少しでも対抗しようと考えられたものだ。

歴史的に見る「与野」の地名は、鎌倉時代末の1314年(正和3年)に成立した「融通念仏縁起絵巻「武蔵国与野郷」とあるのが初見とされ、この地区は古くは室町時代から市場の町として栄え、江戸時代には、脇往還の人馬継立場として、また川越浦和道の経由地として商品物資集散地の機能を有した。
近代の1887年ころには浦和町の人口3,524人、大宮町の人口2,860人に対し、与野町の人口は3,877人であり、これら2町を上回る人口を有していて、近代初期には与野宿は近隣の浦和宿や大宮宿を越える繁栄を見せ、当時の大宮の住人は「大きな買い物は与野でする」などと言われた時代もあるという。(Wikipedia)
しかし後に県庁所在地として発展した浦和市や鉄道の結節点として発展した大宮市が周囲の町村を合併しつつ拡大する一方で旧与野は両市に挟まれつつ永らく単一の自治体として独立を保ったものの、旧浦和や旧大宮よりも面積や人口や経済力などで劣っていたため、どうしても旧与野は旧浦和や旧大宮よりも知名度という観点で、あまり有名ではなくなり さいたま市合併後に「与野市」が消えてしまい「中央区」に置き換えられた。与野市立の小・中学校を卒業したオイラと二代目そして三代目の孫がまだ通っている【与野】だ
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