2013/12/16

結婚式

2013年12月14日(土) 沖縄 恩納村


午前中に恩納村のホテルから万座毛まで左手に海を眺めながら走る。
ほどよいアップダウンがあり、いいランコースになった。
道路沿いに人気配もないので土曜日とは思えない、真冬の沖縄はこんなもんなのだろう。
万座毛の景色も曇りなので、イマイチだ。Photo_2

ホテルでシャワーを浴びて、ベランダで少し明るくなった海を見ながらビールと沖縄そばを喰い、昼寝をして、結婚式までの時間をつぶす。

結婚式の本番の夕方4時には雲も厚く、風も強くなり、ヤシの葉が踊ってきた。
屋外の式場に両家の参列者が集まり、神父による結婚式が始まる。Nc_2

気温も下がり、ウェディングドレスのお嫁さん には気の毒だ。
約30分の式が終わって、披露宴が始まり、4時間の結婚式があっという間に終わるほどのとてもいい式だった。


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2009/09/11

初秋の加賀路にいい日を期待して!!

2009年9月10日~11日


義母のご機嫌伺いと亡義父の弔いに、加賀路へ行ってきた。

最近では大宮-金沢間が3時間半とだいぶ近くなったので、いたく便利だ。
最も最終地は更に先の加賀温泉駅なので、実質は4時間強となるがそれでも昔から見ればとても楽になった。
金沢は初めて社会人になった、昭和45年から9年住んでいた。その間に現地人の女と結婚し、三人の女子の父になった所だ。
子供たちが小さい頃は、毎年夏休みに出かけていたが、その後は少しづつ足が遠のいていった。
その後義父が亡くなり、数年後、衰えの進んだ義母は止む無く老人ホームへの入所を余儀なくされ、以来ホーム暮らしをしている。いつ何があってもおかしくない歳(93歳)なので、年に一度くらいはご機嫌を伺いに加賀を訪れる。

越後湯沢で【はくたか】に乗り換えて、六日町の黄金色の稲穂、直江津の日本海の波と青い空車窓越しに眺め、いくつものトンネルを越えて、富山に・・・大きなザックを担いだ登山者が降りていく、立山から剣岳に行くのだろう。高岡そして金沢に到着、乗り換えて加賀温泉駅へ着いたのが11時40分。
昼食後レンタカーを借りて片山津温泉へ・・・。
老人ホームの義母のご機嫌を伺いと、市内でパン屋を営む義弟のところに立ち寄り、亡義父の弔いを済ませて加賀温泉駅へ引き返す。

宿は能登・七尾の【和倉温泉】だ。海の温泉に期待してJRとセットのツアー企画を利用し、やってきた。
宿泊旅館に4時半到着して、持ってきたジャージとTシャツに着替えて軽く温泉街をジョギングする。
あっという間に駆け抜けてしまい、なんだか拍子抜けした。Motojima


【温泉】といえば今までは山の中のいで湯がほとんどで、海の温泉は今回が初めてで、楽しみだったのだが、
【温泉街】を探すもそれらしきスポットが無いし、湾があるだけで情緒も感じられない。ちょっと後悔だ。
改めて自分が【山派】と【海派】どっちと問われると前者だろう。

二日目の今朝、早朝から温泉に浸かり、湯上りのビールで朝食を済ませて、早々に帰京の途に着いた。
たぶんこの温泉には二度と来ることはないだろう。


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2005/09/23

六本木ヒルズから浅草

2005年9月21日(水)

大阪に住む妹が遊びに来ている。

尾瀬に行くか?と聞くが「はぁ?っと答えた」ので東京見物にした。
大阪の街中に住んでいるので、自然に飢えてると思ったが街がよさそう。
妻のもーちぃも20数年さいたまにいるが、東京は一人で行けないので、僕が案内をする事になった。

六本木から浅草へ回遊しさいたまへ戻るコースにした。
無論、六本木と言えば≪六本木ヒルズ≫のことだ、話題のスポットなので50代の姉妹たちも異論はない。
大宮から六本木まで約1時間、矢印に誘導されて無事到着。
森タワーの展望台へと向かう、事前に情報を得ていたので1500円の入場券が高いと思わなかったが、
一人なら行かないだろう。

52回までのエレベーターは「あっ!!」という間に着いたのには、ビックリした。
曇りだが、すばらしい眺めだ、足元までがガラスで真下まで見える。。0921

「このガラスレンズやろ!フツーこんなに見えんぞ!よー見えるわ!」とマチヨさん、
大阪弁?金沢弁?で言う。
サンセットカフェで、甘いものと珈琲を飲みながら、西方面のパノラマを楽しむ。
眼下に青山墓地、遠くに新宿新都心が望める・・・夕日を眺め、彼女と語り合うには最高のカフェだろう。

セットになっているギャラリーに立ち寄るが、つまらない・・・時間の浪費だ
毛利庭園0921
とテレビ朝日に立ち寄り、浅草へと向かう。

雷門から仲見世の人通りは平日にもかかわらず、混雑している。六本木ヒルズの静けさとは大違いだ。
浅草寺でさい銭を投げ入れ、多幸を祈る。

大阪の妹が愕然として御籤を読む、最悪な内容を引いたのだ。
彼女の今の環境が最悪で、未来の期待を願っていたのが、結果凶でそれも今までに見たこともない最悪の内容だった。
それも二度引いたらそれも同様だったから始末が悪い。なんて慰めていいのか・・・?

ロック街へと回遊して、雷門へともどり、神谷バーへと案内する。
ランチを注文したあと、≪電気ブランオールド≫を三人分注文する。
「なに?」ともーちぃが聞く、
『ここの定番のお酒だよ、まぁ一度は飲んで見るといいよ!』
「乾杯!」・・・・・・「な、なに!これっ!」と言ってしかめっ面になるもーちぃ。
とっても不評だった。結局、飲み残した電気ブランを僕が飲むことになった。
その後、マチヨさん中ナマを注文して中和する。
二人に、≪神谷バー≫、≪電気ブラン≫のことを説明してもぴんとこない様子。

帰りに、人形焼職人の≪かっつぁん≫の店に立ち寄り、
500円で20個という破格の人形焼を買い家路に着いた。・・・フツー2000円する。

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2005/05/05

新幹線・特急の旅

2005年5月4日~5日

北陸の加賀市大聖寺で法事があり、今回は2日間しかないのでクルマで行くのを止めて新幹線にした。
新幹線で湯沢まで行き、特急で金沢へ、更に別の特急で加賀温泉までの行程になる。

新幹線ときMaxの二階座席の指定をとり、朝の7時半頃に大宮を出発した。
二階座席は初めてだ、目線が高いので低空飛行みたいで気持ちがいい。
熊谷を過ぎて暫くすると左手に観音様がみえ高崎に到着、
ここまでの景色は変わらないがさっきまで遠かった山々が近くまで寄ってくる頃になると、
Maxはトンネルの中をひたすら走る、大宮からおよそ50分で越後湯沢に着く早い。

ここから特急はくたかに乗換えて、金沢へと向かう。思ったより空いている。
車窓からは越後の山々が見え、雪を被っている高山や新緑が眩しい山など初夏の風景が広がっている。
ただ下の方には残雪もあり、道路わきのそれは埃で真っ黒になっている。
このコースも山を刳り貫いているのでトンネルが多い。
少々時間が係っても、トンネルを減らしてほしかった。
あるところではトンネル出入りの明暗の繰り返しが続く。

日本海が見えてきた!0504umi
真っ青な海だ。冬の海は鉛色して荒れ狂う。
30年前に金沢に住んでいたのでよく知っている。
親不知を過ぎると、右手に真っ青な日本海が、左手に白い雪を頂いた北アルプスが出現!

越中富山に到着、あと30分で金沢に着く、何故かクルマの時もそうだが富山に着くと「もうすぐだ!」と思うのだ。
第2のふるさとが金沢だから・・・ほぼ十年在住した。
昭和45年大学卒業後の4月に金沢に赴任したのだ。
そして1年後の46年に北陸生れの妻と24で結婚し、翌年の47年4月に長女が生れた。
50年に次女が生まれ、52年に三女が生まれ三姉妹の父親になった。三人とも金沢生まれだ。

埼玉県生れの僕にとって、当時の雪国は憧れであり、山や海のある土地はなおさら格別だった。
着任の希望勤務地というのがあって、地元の事業所もあったが敢えて遠くを選んだ。
北海道、京都、北陸とすべて観光地だ、学生時分から旅が好きで友人と東北や北陸など旅した。
その頃から、旅人ではなくで当地に住んで見たい願望があったのだ。

金沢時代にはそれまで味わったことの無い生活があった。
冬は必ず雪が降り根雪になる。当時借りていた1戸建ての庭に降り積もった雪を集めて、
子供達と雪遊びをし、白山山麓の妻の実家に帰るととっぷりと降り積もった田舎の家で、
街の喧騒の無いゆっくりとした時間の流れを味わう。
翌日は近くのスキー場で滑って遊ぶ。

夏は30分ほど車を飛ばして海へ、遠浅ではないのでゴーグルとシュノーケルで海遊びをし、
時には山へ向かい冷たい川遊びをする。
アブに刺されもし、子供達は虫嫌いになったが、すぐに自然が味わえた。
こんな生活を十年過ごした金沢だから富山までくるともうすぐ家だと安心する。

「かなざわー!」と駅のアナウンスが響く
、特急しらさぎに乗り換えて加賀温泉駅まで行く、
そこが終着駅だ!12時前だ。早い。

昼過ぎから始まった三回忌の法事を終えて、
現地在住の一族郎党とともに温泉泊まりで義父の弔いをして翌日第二のふるさと金沢を後にした。


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