20年前の新聞記事が遺品!!
2008年1月18日(金)
九州の百名山 久住山、八ヶ岳、そして青梅の御岳山を一緒に登ったマサオさんが、ガンで亡くなった。
厄払いした当日の夕方だった。
一年前に、医者から半年の命と診断されたが誤診ではないかというくらい、普段と変わらない体調がつづき、あっという間に半年は過ぎた。その間、すきな近隣の山登りなどしながら過ごしていた。
そして1年後の正月に風邪らしいと入院したが、たいしたこともなく過ぎて、この1週間前に一気にガンが暴れまくり、そして15日の午後、静かに静かに息をひき取った。
まだ64歳だ、死ぬにはまだまだ早い歳だったが、聞くところによると別段、痛みにそれほど苦しむこともなく、
逝ったのはある意味で、よかった。・・と家人が言っていた。
翌16日の通夜で顔をみると、とっても穏やかな顔をしていて、こちらもある意味ホッとした思いがした。
葬儀後、遺品の中から1枚の新聞の切り抜きが出てきた。
それは、20年ほど前の九州高校駅伝大会の結果の記事で、上位2校の争いになり最終区でそれまで1位だった高校が最終区間で抜かされて優勝を逃したと報じていた。記録的には2位までが大会記録更新とも・・。
そして、記事では、抜かされた選手が泣きじゃくり、仲間から励まされていたとも書いてある。
その泣いた選手の父親がマサオさんである。
泣いた選手は、その後、大学へ進学してあの長距離ランナー憧れの【箱根駅伝】を走った。
優勝はできなかったが、マサオさん九州から応援に出かけた。
でも、マサオさん自身のマラソン関連の話は聞かない。山歩きが好きとは聞いているが、足が速かったとか、ランニング指導したりとかまったく聞かない。だから余計に子の活躍が嬉しかったのだろう。
だから、20年前の新聞の切り抜きを大事にしまっておいたのだろう、冥福を・・・・合掌!!
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