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2022/05/16

皐月***沖縄返還50周年

2022年5月15日(日)

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戦後生あらため感謝沖縄忌   与野凡夫

沖縄気象台によると、復帰50年を迎える15日、沖縄地方は梅雨前線の影響で曇り一時雨の予報だ。50年前の1972年5月15日も県内各地で雨が降り、那覇では63・5ミリの降水量を記録した。記念式典が開かれた那覇市民会館の隣、与儀公園では土砂降りの雨の中、約1万人が米軍基地を残したままの復帰に抗議した。(沖縄タイムス)

復帰の8年まえに、高校で沖縄出身者と同じクラスになり、沖縄の事をアレコレ聞くことになった。同い年と言うことは酷い戦争の沖縄は彼も知らないので、聞くのはアメリカ人のこととか、自動車は左ハンドルとか、海は本当に青いのかとか、聴いた覚えがあり、

「夏休みにでも遊びに来いよ!」とか言われて、行きたいけど、

「幾らくらいかかるんだぁ?」と聴くと、確かとんでもない費用がかかると聴いて

「やっぱり、行けそうにない無理だ!」と断念したことを思い出した。

当時のオイラは《戦争を知らない子ども》で、隣の国の戦争景気が急速な経済復興をもたらしたようで、暗い話はなく楽しい思い出しか残ってないし。【戦争】はよその国がするもんだと子どもながらに思ってたし、社会も《敗戦》を忘れたかのように、敢えて発信することもなく、どんどん【欧米化】が進んでいった。

中学・高校・大学と、欧米が憧れの国として、【ポールアンカ】【プレスリー】【コニーフランシス】などアメリカンポップス音楽を聴き、

「歌は洋楽だよ!」と演歌を馬鹿にして、高校三年頃の【ビートルズ】【べンチャーズ】を聴きかじった。そして大学生の中頃から、欧米からの逆輸入で、《ベトナム戦争反対》が日本でも叫ばれて、フォークソングで【ボブディラン】【PPM】に変わっていき、なんだかそれが当時のトレンドだったみたいで、ノンポリなのに反戦歌手の《〇〇はいいねぇ》などとお得意の同調した団塊世代の真ん中にいた時代だった。

そして、半世紀経ち、思考する時間が持てて、客観的に歴史を知るにつれて、これまでの幸せは人生は運命だったのではなく、誰かの大きな犠牲の上に齎されたものだったと思う。

    クラスメイトだった沖縄の友はどううしてるだろうか?

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